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さて、昨日は堀江被告の裁判の話題で持ち切りだったが、その裏では、人の倫理的な部分と子供にとって重要な判決が下されたことを知るべきだろう。

・法の不備放置に警鐘・凍結精子児訴訟判決

ますます進化する医療技術において、精子の凍結保存が容易になった。しかし、それと同時に夫の死後における子供の地位の問題が浮き彫りになった、それが今回の事件である。

人工授精や体外受精が倫理的部分で正しいかどうかはここでは割愛するが、そもそも、親とは何か?という部分が強調されたのではないだろうか。民法787条における父は、性交渉を想定し父になる意思が前提であるとの地裁判決。父になる意思がないと親ではない?父の同意?福祉、扶養義務の果たしようがない?→棄却

高裁→父の同意が在る事が必要十分条件→同意あり→認容

親とは如何なる者か?この倫理的問題の答えはないだろう。故に、今回の最高裁の判決は妥当ではないか?(判決を読んだわけではないので分からないが)法整備がなされていない以上、裁判での判決はここが限界である。しかし、子供にとっては可哀相な判決であっただろう。子供にはなんの責任もない。なぜ、父親がいないのだろうという疑問に行き着いた時、どう感じるのだろう・・・そして認められたとして、もし冷凍精子で産まれた子供だと知ってどう感じるのだろう・・・

だからこそ、親になるという重大さを良く考えなければならないだろう。凍結という手段が正しいかどうかは別として、それを用いて親になるのであれば、しっかりとした意思を持つべきだろうし、子供の心を考えるのが一番大事だということも忘れてはならない。






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テーマ:法律全般 - ジャンル:政治・経済



















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